小さなお灸が、体を動かす。⑥

小さなお灸が、体を動かす。⑥
お灸の後も、体の反応は続いている
「お灸をしてもらったら、その場では楽になりました」
患者さんから、そんな言葉を聞くことがあります。
反対に、
「そのときは、あまり変わった感じがしませんでした」
ということもあります。
では、お灸の効果は、その場で「効いた」「効かなかった」で決まるのでしょうか?
私は、もう少し長い目で体を見てみることも大切だと考えています。
なぜなら、私たちの体は、刺激を受けた瞬間だけ反応しているわけではないからです。
お灸が終わったあとも、体はその状態で生活を続けていきます。
今日は、**「治療のあとに起こること」**を考えてみましょう。
お灸を取ったら、そこで終わり?
お灸をすえる。
熱を感じる。
そして、お灸を取る。
目に見える「お灸」は、そこで終わります。
でも、体の中ではどうでしょう?
これまで、このシリーズでは、
お灸の熱を皮膚が感じること。
その情報が神経に伝わること。
血管や血流に変化が起こることがあること。
そして、細胞も刺激に反応すること。
そんなお話をしてきました。
つまり、お灸は、
「熱がある間だけ、体を温めているもの」
ではありません。
小さな刺激を受けることで、体の中に反応が起こります。
そして大切なのは、ここからです。
反応によって体の状態が変われば、そのあとの体の動き方も変わる可能性があるのです。
一つの変化が、次の変化につながる
たとえば、肩が痛くて動かしにくい人を想像してみましょう。
痛いので、あまり肩を動かしません。
動かさないので、筋肉もこわばりやすくなります。
すると、ますます動かしにくくなる。
そんなことがあります。
では、治療のあとに痛みが少し軽くなったら、どうでしょう?
「さっきより動かせそう」
そう感じて、いつもより少し肩を動かすかもしれません。
肩を動かせば、筋肉の使われ方も変わります。
体の動かし方が変われば、肩にかかる負担も変わるかもしれません。
つまり、
痛みが変わった。
それだけで終わるとは限らないのです。
痛みの変化が、動きの変化につながり、
動きの変化が、その後の体の状態に影響する。
一つの変化が、次の変化の「きっかけ」になることがあります。
ドミノ倒しではなく、「玉突き」のように
ここで、ビリヤードを想像してみてください。
一つの玉を「コツン」と打ちます。
すると、その玉が別の玉に当たります。
当たった玉は、また別の方向へ動いていきます。
最初に加えた力は一つです。
でも、そのあとに起こる動きは一つではありません。
体にも、少し似たところがあります。
たとえば、
刺激
↓
体が反応する
↓
体の状態が変わる
↓
変化した体で生活する
↓
その状態が、次の反応に影響する
ということがあります。
私はこれを、**「体の中の玉突き」**のように考えています。
ただし、本当のビリヤードのように、決まった方向へ玉が進むわけではありません。
人の体はもっと複雑です。
同じお灸をしても、同じ反応になるとは限りません。
それでも、
「最初の小さな変化が、その後の条件を変える」
という見方は、体を理解するうえで大切です。
「眠れた」が、次の日を変えることもある
もう一つ、身近な例で考えてみましょう。
体がつらくて、夜なかなか眠れない人がいたとします。
もし治療を受けた日の夜に、いつもより少し眠れたらどうでしょう。
朝の疲れが、少し違うかもしれません。
疲れが少なければ、
「今日は少し歩いてみようかな」
と思うかもしれません。
少し歩けば、筋肉を使います。
外に出れば、日の光を浴びます。
食欲が変わることもあるでしょう。
そして、その日の活動が変われば、次の夜の眠りにも影響するかもしれません。
もちろん、
「お灸をすれば眠れる」
「眠れれば必ず元気になる」
という話ではありません。
睡眠には、生活習慣やストレス、病気、薬、年齢、環境など、たくさんのものが関わっています。
でも、一つの変化が次の一日を少し変え、その一日がさらに次の体の状態に影響する。
そんなことは、私たちの日常の中で起こっています。
治療の本当の変化は、治療室の外にあることも
治療をしていると、その場で確認しやすい変化があります。
「さっきより痛くない」
「足が温かい」
「首が動かしやすい」
こうした変化は、とても大切です。
でも、私はそれだけを見て治療を判断しないことも大切だと思っています。
なぜなら、患者さんが生活するのは、治療室の中ではないからです。
家に帰ってから、
「今日はいつもより料理が楽だった」
「階段を上るのが少し楽だった」
「久しぶりに散歩に出られた」
「夜、途中で起きる回数が少なかった」
「次の日の疲れ方が違った」
そんなところに変化が現れることもあります。
治療室で起きた変化より、
その変化によって、日常がどう変わったのか。
そこを見ることも大切なのです。
すぐに変わらなかったら、「効かなかった」?
ここも、とても大切なところです。
治療の直後に大きな変化を感じないこともあります。
だからといって、
「何も感じなかったから、体には何も起きていない」
とまでは言い切れません。
一方で、
「あとから効いてくるから大丈夫」
と何でも説明してしまうのも違います。
変化がなければ、それも大切な情報です。
その刺激が合っていたのか。
刺激が強すぎなかったか。
別の方法が必要なのか。
そもそも鍼灸だけで対応してよい状態なのか。
必要であれば、治療の方法を見直したり、医療機関での検査を考えたりする必要があります。
だから、
「すぐ変わらなくても、きっと効いている」
と考えるのではありません。
大切なのは、
その場だけで結論を出さず、その後の体や生活も含めて観察すること
なのだと思います。
良い変化だけが続くわけでもありません
もう一つ、忘れてはいけないことがあります。
刺激を受けたあとの変化が、いつも私たちにとって都合のよい方向へ進むとは限りません。
少しだるく感じることもあります。
刺激が強すぎれば、不快感ややけどなどにつながることもあります。
そして、体調そのものが変化している途中なら、症状が強くなることもあります。
だからこそ、治療では、
「刺激を入れれば入れるほどよい」
とは考えません。
どんな刺激を、どのくらい加えるのか。
そして、そのあと体がどう反応したのか。
そこまで見て、初めて次の治療を考えることができます。
昨日とは少し違う体で、今日を生きている
私たちの体は、毎日まったく同じではありません。
昨日たくさん歩けば、今日の筋肉は昨日とは違います。
ぐっすり眠れれば、朝の体も変わります。
食事をすれば、体の中に入ってくる栄養も変わります。
心配ごとがあれば、呼吸や筋肉の緊張が変わることもあります。
つまり私たちの体は、
今日受けたものを抱えながら、次の一日へ進んでいる
とも言えます。
お灸も、その中の一つです。
お灸によって小さな刺激を受ける。
体がそれに反応する。
その反応によって、体の状態が少し変わることがある。
そして、変化した体で立ち、歩き、食べ、眠り、次の日を迎える。
すると、その経験がまた次の体の状態に関わっていきます。
刺激 → 反応 → 変化 → 次の反応
体は、この繰り返しの中で生きています。
だから、治療は「その場の変化」だけではない
治療というと、
「痛みが10から3になった」
「首がこれだけ回るようになった」
そんな変化に目が向きやすいものです。
もちろん、それも大切です。
でも、治療の目的は、治療室の中でよい数字を出すことだけではありません。
少し動きやすくなったことで、散歩に行けた。
散歩に行けたことで、自分の足に少し自信が持てた。
自信がついたことで、今まであきらめていたことを「もう一度やってみようかな」と思えた。
もし、そんな変化につながっていくなら、
最初の小さな変化には、その場で見えていた以上の意味があったことになります。
お灸が、そのすべてを起こしたわけではありません。
歩いたのは、その人です。
眠ったのも、その人です。
体を動かしたのも、その人です。
そして、回復しようと働いているのも、その人の体です。
お灸は、その流れの中に加わる小さなきっかけの一つなのだと思います。
最後に
小さなお灸を、一つすえる。
やがて火は消えます。
でも、そこで体まで止まるわけではありません。
刺激を受けた体は、そのあとも生活を続けます。
歩きます。
食べます。
眠ります。
また次の日を迎えます。
だから私は、
「お灸をした。効いた。終わり。」
ではなく、
「お灸をした。そのあと、体はどうしただろう?」
と考えることを大切にしています。
その場で起きた小さな変化が、
次の動きを変え、
次の一日を変え、
また次の体の反応につながっていくことがあるからです。
治療とは、体の代わりに何かをしてあげることではなく、
体が自分で変わっていくための、きっかけをつくること。
そして、その変化を一緒に見ていくこと。
お灸の火が消えたあとにも、
体の時間は続いています。
だからこそ、治療の本当の意味は、
治療を受けている時間だけではなく、その人がそのあとをどう生きられるか。
そこまで見ていくことで、少しずつ見えてくるのかもしれません。
