鍼灸物語第四話 季節と養生

―自然とともに生きる鍼灸の知恵―
一年のはじまりを知らせる風が、
やわらかく頬をなでていきます。
昔の人たちは、季節の変わり目に耳をすませ、
空や風の色を感じながら、からだの声にも耳をかたむけていました。
鍼灸や養生の知恵は、そんな「自然とともに生きる」暮らしの中から生まれたのです。
春 ― のびやかに、めぐる
春。
長い冬をこえて、木々の芽がいっせいにふくらみます。
村はずれの道を歩く咲(さき)さんは、
思わず深呼吸をしました。
「風のにおいが変わったなぁ。」
でも春の風は、心を浮き立たせる一方で、
体の中の“気”を乱しやすい季節でもあります。
咲さんは、胸のあたりを手でおさえながら、
そっとお灸をすえました。
ツボの名前は膻中(だんちゅう)。
あたたかさが胸に広がると、
張りつめていた気持ちも、ふっとゆるんでいきます。
春は「のびやかに」。
新しい季節の風に、からだを合わせていくときです。
夏 ― 火の季節に、冷やさぬ知恵を
夏。
太陽がまぶしく、畑も人も、いのちが輝く季節です。
畑仕事をしていた源さんは、
つい冷たい井戸水をがぶがぶと飲み、
お腹をこわしてしまいました。
そんなときは、
**足三里(あしさんり)と関元(かんげん)**にお灸を。
「内側をあたためると、体の芯が元気になるんだよ。」
おばあちゃんにそう教わった言葉を思い出します。
お灸のぬくもりに包まれながら、源さんはつぶやきました。
「夏は冷やすより、ゆるめることが大事なんだな。」
夏は「冷やさず、緩めすぎず」。
太陽の力と、自分の力のバランスを。
秋 ― うるおいをまもり、こころをやすめる
秋。
夕日が山を赤く染め、虫の声が風にのります。
お寺の庭を掃いていた老人の手が止まりました。
「今年の秋風は、少し冷たいな。」
秋の空気は乾きやすく、体の“潤い”を奪っていきます。
老人は、胸のあたりの**中府(ちゅうふ)**というツボを温めながら、
静かに深呼吸しました。
よもぎの香りがゆっくりと立ちのぼり、
心の奥までしみこんでいくようです。
秋は「うるおいとやすらぎ」。
深い呼吸で、心をしずめる季節です。
冬 ― あたため、春をまつ
冬。
雪がしんしんと降りつづき、
家々の屋根は真っ白に。
囲炉裏のそばで、おばあちゃんが孫の手をにぎります。
「寒い日はね、腰をあたためるといいんだよ。」
そう言って、お灸をすえるのは**腎兪(じんゆ)**のツボ。
小さな火のぬくもりが、体の奥に届いていきます。
孫のほっぺもぽかぽかになり、
ふたりの笑い声が、雪の夜にやさしく広がりました。
冬は「ゆっくり、あたためて」。
春にむけて、力をたくわえる季節です。
自然とともに生きる
春にのび、夏にかがやき、秋にみのり、冬にやすむ。
自然の流れは、私たちの体の流れでもあります。
鍼灸の知恵は、
「季節とともに生きること」を教えてくれます。
無理をせず、焦らず、
その時々の風を感じながら、自分のリズムを大切に生きる。
それこそが、いちばんの**養生(ようじょう)**なのです。
おわりに
一年を通して、自然は変わり続けます。
そして私たちの体も、同じように変化しています。
春には風を感じて胸をひらき、
夏には陽の力を受けとめ、
秋には静かに呼吸を深め、
冬にはあたたかく包まれる――。
そんなふうに暮らす中で、
お灸や鍼は、そっと寄り添いながら体を守ってくれます。
季節を感じることは、
じぶんを大切にすること。
今日も自然の中で、やさしく呼吸してみましょう。
